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家原寺跡(いえはらでらあと)
大阪府柏原市安堂(あんどう)にあった寺院で、孝謙天皇が巡拝した「河内六寺」の一つ。7世紀後半に創建され、8世紀にかけて伽藍の整備が進んだと考えられている。一辺約60m四方の小区画の中に金堂を西、塔を東に配した法起寺式伽藍配置が考えられ、塔の心柱礎石が出土している。立地としては、青谷の竹原井頓宮から北の山道を越えるルートの出口にあたり、河内大橋で大和川を渡ったことになる。またここから北西へ200m離れた安堂遺跡では、塩や米などの荷札に使われたと思われる木簡が発見され、孝謙天皇が河内六寺行幸に利用した「茨田宿禰弓束女(まんだのすくねゆつかめ)」の宅、もしくは「智識寺南行宮(ちしきじみなみあんぐう)」の推定地とされている。
石垣に転用された礎石(柏原市教育委員会より写真提供)
家原寺跡南側を通る街道